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アキュフェーズ プリアンプC-2150自宅試聴記

余力をのこすこと、マテリアルデトックスによる気楽さ欲しさに始まった「逆もどりオーディオ」。

ピアノ運送費だけでゆうに数十万使った大型スピーカーをバタバタと売り払い、805d3だけにしてしばらく経った。「プリメインアンプと805d3だけでソースはパソコンハイレゾ、、、それで完成だ!」と決めていた。かろうじてスピーカーだけは初志貫徹しているが、アンプはと言えば、まんまと策謀にハメられセパレートになり、しかもC-3850という分不相応なプリアンプに、P-7300という自重48kgのパワーアンプというアンポンタン化して現在にいたる。いまだにモノラルパワーアンプ化していないだけでも自賛中であるが(笑)。


さて、2018年秋に発売されたアキュフェーズ プリアンプ(厳密にはコントロールセンター)C-2150を自宅試聴した。同社プリアンプアンプのラインナップでは最下位モデルで価格は約50万円。最上位のC-3850との価格差約3分の1。

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その音の違いは?

読者諸氏、気になるところだろう。


音の作り方、組み立てられ方は、さすがに同じ会社のアンプだけあってほぼ変わりない。圧倒的に質が低下した最下位モデルとは全く感じないばかりか、スピーカーや環境(電源やケーブル、ルームチューニング等)変化に鈍感な状態であれば、C-3850とC-2150を比較しても、ほとんど区別がつかない可能性は多いだろう。


実際のところ、私のウサギ部屋で比較する場合、C-2150だけを聴いていると不足を全く感じず、「C-2150で充分だな」と思えてくる。これはCDプレーヤーDP-750の音色力による影響が大きいだろうが。


とは言っても2時間程度、C-2150でクラシックを中心に聴き慣れてからC-3850に切替えて同じ曲を同じ音量で聴き始めると、、、、

うわぁ~

なにこれェ~

ウッソー(笑)

となるのである。

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C-3850に戻すとピントの合い方、焦点が極めてシャープであることがわかる。カメラ好きならライカレンズの絵と1万円程度の国産ズームレンズの絵の違いと言えばお分かりか。

楽器が眼前に現れる際の厳密さが違う。演奏者に、その楽器に、手が届きそうな音像定位で生演奏に近いのはC-3850である。C-2150は音像はかなりソフトフォーカスだが、その分聴きごごちは優っている。聴き疲れしないという点ではC-2150の勝利であることは間違いない。


次に、そのピントの合い方の違いによって、各パートのリズムの変化の表現が違っている。微妙、微細なアップテンポ、スローテンポの繰り返しが、C-2150だと充分に聞き取れなく単調になるが、C-3850だとまるで別の曲では?!と感じるほど大きなウネリ、抑揚を感じとり続けられる。

と、ここまで書くと、「所有の高額アンプ自慢の嫌味なブログ記事」になりそうだが、、、そう簡単に行かないところが、恐るべしアキュフェーズ。音のまとめ方は、どう聞いてもC-2150が良く感じる。単調であっても音楽が楽しく聞けるのである。C-2150は実に旨い美味い音を出している。平素何年もC-3850の音に耳が慣れている状態であってもC-2150の音色の良さは認めざるをえない。

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なにごとにも、ほど良さが肝要である。C-2150のほど良さは至福である。音楽が楽しく、美しく響く。アキュフェーズの音色を堪能できる銘機だ。音作りが明るく、聴いていて楽しい。


そういう楽しさはC-3850には少ない。楽しさは音のまとめ方の良さに直結していよう。音を見るという表現が当てはまる。細かい楽器の音色の違い、微細なタッチの変化がいやおうなしに克明に見える。聴こえているのだが、実際は見えるという表現に近い。


音楽が聞こえるのはC-2150。ソフトフォーカスで見えそうで見えない。よって全体の音楽の流れに意識が向くので、ゆったりと音楽を満喫している自分が今ここにいる。


「あぁ、C-2150レベルで、それ以上はどのメーカー生産されることなく、ユーザーに求められる事もなく、そして知ることもなければ、どれほどリラックスして音楽を楽しめるのだろうか」と、ふと感じた貴重な自宅試聴だった。ここにヴィンテージオーディオの醍醐味があるのだろう。情報量だけで音の良し悪しは語れない。音の世界は実に果てしない。


一度知ってしまい、その圧倒的な違いに打ちのめされると、この「音の焦点の厳密性」の有無には極めて敏感にならざるを得ない。


この道をただ進み続けていいのか

行き過ぎたのか

上がり過ぎたか

下がり過ぎたか

やり過ぎか

やらなさ過ぎか


まよいまよい

でも

きっとこの道を進むしかないんだと

言い聞かせて

ひた進む


なぜ進むのか

なぜ求めるのか

なぜその音にそれほどお金をかけるのか


これこそ、かつてステレオサウンド誌で評論家・朝沼氏が言っていた


「まさに業のようなもの」


なのだろうか。


by bachcantata | 2019-07-20 15:33 | 試聴記